不思議な不正義2 小説・文学

桜桃忌&さくらんぼ。将棋。国会のウソ。


「速報」
新潟県で震度6強 山形県で震度6弱
2019年6月18日 22時26分

18日夜、山形県沖でマグニチュード6.8の地震があり、気象庁は山形県から新潟県にかけての沿岸に津波注意報を出しています。

18日午後10時22分、山形県沖を震源とする地震があり、新潟県村上市で最大震度6強を観測した。震源の深さは約10キロ、地震の規模を示すマグニチュードは6・8と推定される。気象庁は津波が発生する可能性があるとして、山形県、新潟県上中下越、佐渡、石川県能登の沿岸部を対象に津波注意報を出した。予想される津波の高さは最大で約1メートルという。新潟県粟島では午後11時5分にごく小さい津波を観測した。







震度6強の 新潟 村上 早朝から住民が片づけ
2019年6月20日 7時19分

震度6強を観測した新潟県村上市では、20日早朝から地震で壊れたブロック塀などを片づけ始める人の姿が見られました。

村上市の府屋地区では19日に降っていた雨もやみ、20日は住民たちが早朝から、地震のあとの片づけなどで出た瓶を指定されたごみの回収場所に捨てに来たり、壊れて道路に落ちたブロック塀や屋根の瓦を片づけたりしていました。

ブロック塀を片づけていた80代の男性は「きのうは落ち着いて寝ることができました。地震で壊れた塀で近所に迷惑がかかるといけないので、片づけをしています」と話していました。





酷怪の投手暴投  討論会わが党こそ正当なり

善より悪とは、言ったれど  非道は親鸞・歎異抄

言論の暴挙と 暴言への反論はいずれに凱歌が上がるのか

憲法違反と違憲は意見かみ合わず 私見で終り 『攻撃は最大の防御』

不毛の中から18歳からの選挙権  大人気ないとは言えないが

投票率は上がるのか  はたまた、高齢者への切り下げとなるか

下限は18 上限なしでは いい加減にせいと言いたいね!

下らぬ議員は外地に派遣  永遠覇権で切り捨てよ、ついでに70歳定年を

まもなくはなをが切れるアベゾウリ

本音隠しの参院選   雇用と消費は伸びている

アホノミクスは党に破綻 嘘と詭弁で民騙す

三本の矢を空付加し  数値偽造で違法な公約

改憲三分の二は    三本の二本が折れている

野党共闘、野合でしょう  自公の屋号は「戦争屋」

矢を放って民救う   毒ある矢では悪党でしょう

人生苦あり罰もあり  七難隠すも六でなし

一人自慢の自民党  自民嫌い(好かん)を食べて完敗の歌

あ~原発許すマジ   絶対許すな安倍政治

====================      =================================
首相、同日選見送り 参院単独7月21日投開票へ
 安倍晋三首相は夏の参院選に合わせた衆参同日選を見送る意向を固めた。複数の政権幹部が19日、明らかにした。首相は同日の党首討論で衆院解散に関し「頭の片隅にもない」と明言した。公明党が同日選に反対したため、首相は見送る方向で検討していた。加えて自民、公明両党で維持する衆院3分の2超の議席を減らせば政権運営に逆風になると判断。リスク回避を優先した。国会は26日の会期末で閉じる見込みで、参院選は単独で「7月4日公示、21日投開票」の日程となる。

 18日夜に新潟県で最大震度6強の地震があり、重傷者や被害が出たことも考慮したとみられる。

(共同)






『太宰の生涯』
    
三鷹の禅林寺

禅林寺・太宰治墓
「花吹雪」では、森鷗外の墓に言及しています。そのため、没後、太宰の墓は鷗外墓の近くに建立され、桜桃忌が禅林寺で営まれるようになりました。

「この寺の裏には、森鴎外の墓がある。どういうわけで、鴎外の墓がこんな東京府下の三鷹町にあるのか、私にはわからない。けれども、ここの墓所は清潔で、鴎外の文章の片影がある。私の汚い骨も、こんな小綺麗な墓地の片隅に埋められたら、死後の救いがあるかも知れないと、ひそかに甘い空想をした日も無いではなかったが、今はもう、気持ちが畏縮してしまって、そんな空想など雲散霧消した」

(『花吹雪』)

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太宰治は1909年6月19日津軽の(金木町・現五所川原市)大地主に生まれて今日で生誕110年。昨年で没後70年になる。毎年桜桃忌があるがいまだに、三鷹の墓に訪れる人が多くいる。墓は文豪森鴎外の前にある。太宰の出身地・金木でも桜桃忌の行事を行っていたが「生誕地には生誕を祝う祭の方がふさわしい」という遺族の要望もあり、生誕90周年となる1999年(平成11年)から「太宰治生誕祭」に名称を改めた。
太宰治は六男として生まれ、生まれながらの日陰者であったが、昭和初年の当局の弾圧化の中、「日陰者」のような存在であった。
左翼運動に近づき脱落して遺書のつもりで書いた第一創作集のタイトルは「晩年」(昭和11年)という。この時太宰は27歳だった。いわば「晩年」から始まり「人間失格」で最後の晩年で終わったのです。戦後「斜陽」(昭和22年)は大きな反響を呼び、若い読者をひきつけた。敗戦直後に書いた『十五年間』に「私は、サロン芸術を否定した。サロン思想を嫌悪した。」と時代に歩調を合わせたジャーナリズムへの傾向への憎悪、反発、抵抗、を表現し世のすねもの余計物として(無頼派)を創り上げたといえます。家、既成社会に抵抗して退廃の末、敗退したかに見えるが誇りを持って人生を全うしたと思う。。だから永遠に太宰文学は不滅なのです。
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中原中也
1936年檀一雄、山岸外史、木山捷平、中原中也、津村信夫等と文芸誌『青い花』を創刊するも、創刊号のみで廃刊。太宰と中原中也は意外とニアミスが多く余り逢っていませんが、中也と同時代の詩人であるが、津村信夫に向けた追悼文の「郷愁」という文章に一カ所だけ登場します。太宰は、その文章の最後に「私は中原中也も立原道造も格別好きでなかつたが、津村だけは好きであつた」とあえて名指しで記しています。またほかにも、酔っぱらった中也が太宰にすごくからんだというエピソードもあり、あまりいい印象ではなかったようです。中也が(昨年生誕111年)を迎えたとき『東中野の居酒屋で飲んでいると中也は「青鯖が空に浮かんだような顔をしやがって」「お前は何の花が好きなんだい」と絡みだし、太宰が泣き出しそうな声で「モ、モ、ノ、ハ、ナ」と答えると、「チエッ、だからおめえは」とこき下ろした。「青い花」は1号で終わり、太宰は「ナメクジみたいにてらてらした奴で、とてもつきあえた代物じゃないよ」と中也を拒絶するようになったが、中也の死に対して太宰は「死んで見ると、やっぱり中原だ、ねえ。段違いだ。立原は死んで天才ということになっているが、君どう思う?皆目つまらねえ」と才能を惜しんでいる。』と太宰が中也を嫌っていた事が新聞で取り上げられた。坂口安吾にも殴りかかり倒されたこともあり酒癖が悪かったようだ。



 
坂口安吾
現代社会の格差に悩み深い喪失感にとらわれ、生きることを真摯に問い直そうとする若者がいるのだろう。太宰の悩みと自分の苦悩が重なり慰められるのだろうか。しかし太宰の「斜陽」や「人間失格」には読者を酩酊させる恐れもある。太宰の本質を見る必要がある。無頼派といわれた親友の坂口安吾は「太宰は口癖のように死ぬ死ぬといっていたが、本心ではなく作品の中だけのこと。頭の悪い情婦にせがまれてあんなことに。頭で勝負する文士は、時にはおつむの軽い女が息抜きになる」という追悼の意味を込めた作品『不良少年とキリスト』を発表した。
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山崎富栄
美容学園を創始した両親のもとで育った山崎富栄は学識もあり、美容師としても一級の腕前で太宰には自分の稼ぎを全部つぎ込み、秘書的な仕事も買って出ていたという[愛は死と共に―山崎富栄の手記」 (1948年)富栄は女として太宰に惚れていたのでしょう。「斜陽」の元になった、太田静子が子供を産み、養育費まで支払い、嫉妬に狂い無理心中とも言われた、玉川入水自殺をしたのが、6月13日で、遺体があがったのが、6月19日だったのです。その日を桜桃忌としたのです。死ぬ直前の短編小説「桜桃」で(子供より親が大事、と思いたい。私の家では。子供たちに贅沢なものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見たことも無いかもしれない。食べさせたらよろこぶだろう・・)と記している。意外に思われるが、物質より精神を重んじた人でした。
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『1930年(昭和5年) 東京帝国大学仏文科入学(中退)。門人として井伏鱒二のもとに出入りするようになる。同年カフェの女給田部シメ子と鎌倉の小動岬で心中未遂を起こす。相手のシメ子のみ死亡したため、自殺幇助の容疑で検事から取調べを受けたが、彼の父親が当時貴族院議員であり、長兄文治たちの奔走が実って起訴猶予となった。なお、この処分については、担当の宇野検事がたまたま太宰の父の実家である松木家の親類だったことや、担当の刑事がたまたま金木出身だったことが太宰にとって有利に作用したという説もある(中畑慶吉の談話)。 』鎌倉腰越の心中事件から、およそ40数年を経た昭和52年の秋、ある夕刊紙に「太宰治は女を殺した」のか、と一面トップに大見出しで報道され、世人に多大の衝撃を与えた。太宰はこの事件を題材に【道化の華】(東京八景、人間失格で書いている)を著作している。この状況は現代社会でも延々と続いている。

 


「回想 太宰治」(野原一夫 著)によると「太宰さんの火葬は堀ノ内の焼場で、富栄さんの火葬は
田無の焼場で別々に行われた……」とあります。検視には父親の山崎晴弘氏が立ち会っており、


太宰のお通夜は下連雀の自宅で、彼女のお通夜は間借りしてた部屋で行われています。

同じ親友の山岸外史は太宰の顔は綺麗で、水も飲んでいなかったと、いかにも殺されたがごとき発言をしています。親友の檀一雄は姿を現さなかった。文壇は皆、富栄を悪者扱いにしたのです。皮肉にも太宰はこのような文壇の封建制を批判していたのである。
私は、作家太宰治のフアンであるが女性として富栄さんが一番可哀想に思えてなりません。

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戦後「斜陽」(昭和22年)は大きな反響を呼び、若い読者をひきつけた。敗戦直後に書いた『十五年間』に「私は、サロン芸術を否定した。サロン思想を嫌悪した。」と時代に歩調を合わせたジャーナリズムへの傾向への憎悪、反発、抵抗、を表現し、世のすねもの、余計物として(無頼派)を創り上げたといえます。家、既成社会に抵抗して退廃の末、敗退したかに見えるが誇りを持って人生を全うしたと思う。。だから永遠に太宰文学は不滅なのです。

  
長女園子と長男正樹
[斜陽]の執筆で多忙な太宰、静子との不倫が、知れる事えの不安、ダウン症の長男の不憫、次女の出産で疲れた、険しい美知子の表情・・・・。実は長男が身体が弱く頭の発達も遅く秘かに悩んでいたのです。このころ夫婦喧嘩も絶えなくなっていったのです。
そこへ現れたのが、山崎富栄である。どんな冗談でも真剣に受け止める。〈至高無二の人から、女として最高の喜びを与えられた私は幸せです]と日記に書いた。昭和22年11月12日に下曽我で太田静子が女児を出産した。太宰は、富栄の部屋で、修治の一字を取って[太田治子]と命名して[この子は私の可愛い子で父をいつでも誇って健やかに育つことを念じている]と認めた.。「さっちゃん、どうだろう]太宰が訊いた客が帰ると富栄は、一晩中泣き通した。.太宰は、思いつく限りの言葉で慰めた。
「おまえにはまだ修の字が残っているじゃないか」
なんと太宰は、女心を知らない男だろうか。この部分を読むと、涙が禁じえない。

私たちも人生の壁に遮られた時、いっそう孤島にでも逃げたいと感じる時、太宰の文章の巧妙な魔力が私達読者の悩みを解決したかの錯覚を覚えさせるのが「太宰文学」と思うのである。

昭和の暗い谷間の時代に生き、一人で命懸けで文学と死闘してその時代の苦悩を人間の本質まで掘り下げた哀切な作品が若い心をとらえて離さないのだと思う。

太宰は当時の文壇に一人で挑戦状をつきつけた孤独な戦士なのです。 太宰は生と死のギリギリのところで書いている。だから、今も読むと不思議な感動を与えてくれるのだと思う。

太宰は既成の小説は「教科書的な嘘の道徳観だと」強く嫌悪感を抱いていたのです。特に戦後に、昨日までの国家主義者が、一夜にして自由主義者に変貌する文壇にも強い虚偽感を見出したのである。古い道徳と戦い自らは「捨石」となったともいえるのです。

だから、死の直前「如是我聞」で志賀直哉に対し、驚くべき毒舌を吐いたのだです。「暗夜行路」がどこが苦悩だと言うのだ。「大袈裟な題を付けたものだ。この作品のどこに暗夜があるのか。それは嘘で、甘い家庭生活、安易で楽しそうな生活が魅力になっているらしい」と感情の異常な塊りなのです。学習院出の志賀直哉の「自己肯定のすさまじさ」に捨て身の挑戦を挑んだのです。そしてさらに「重ねて問う。世の中から、追い出されてもよし命かけて事を行うは罪なるや」「最後に問う。弱さ、苦悩はつみなりや」と激しく攻撃したものの、彼は「どうにも負けそうで、心細い」となることがしばしばあった。
太宰中期の作品は戦況が悪化して行く時代であまりリアルな作品が書きににくい時代でもあり、「新ハムレット」「駆込み訴え」「走れメロス」等のパロディ作品が増えてくるのですねー。古典、史実、狂言等を土台として滑稽、風刺のきいたものだがきわめて明るく健康的作品である。1945年の「お伽草紙」が最もパロディ作品で太宰の縦横無尽な想像力を発揮された(虚構)(道化)の本格作品であった。しかし、世間で指弾され、嫌われ、批判されているこの文学手法に対し物質上の豊かさより、精神の豊かさを良しとし、「精神の貴族」。心の王者たらんと進んでいくのである。戦後の自伝的告白作品の三部作「ビヨンの妻」「斜陽」「人間失格」も「精神の貴族」をテーマとしていると思う。その精神が「如是我聞」にまで引き継がれ物質中心の功利主義、専ら真面目に生活する現実生活への批判ともなっていくのである。

そして自らの生が最大の危機に直面している事を悟り、苦悩に満ちた前半生を、文学作品として造形し、自己の過去を振り返って検討し直し生まれた作品が(人間失格)なのです。
いわば、精神の自叙伝でもあるのです。文字通り人生の敗北者の受難の記録でもあると思うのです。
[恥の多い人生でした]といい最後に。[お酒を、飲まなければ、いや呑んでも、神様みたいないい人でした]と言わせる[誇り高い、自信家]でもあります。
「お伽草紙」

「瘤取り」「浦島さん」「カチカチ山」「舌切雀」の四編を収めた短編集です。
物語作者の太宰の非凡な才能が見事に開花した、よく知られたお伽噺であり、
その素材に奔放自在な空想力を駆使してさまざまに肉付けし、新しい解釈や独特の教訓を加えて
、だれしもが楽しめる物語とする事に成功している。

当時の彼は、空襲、疎開で虚無感や空白感を抱きはじめていたが、この作品は明るく優れた作品である。
国策文学がはやる中、谷崎潤一郎の(細雪)が掲載中止となったり、筆を折る文学者が出た時代であった。

そんな「ひどい時代」の中で太宰は「この際、読者に日本の作家精神の伝統とでもいうべきものをはっきり知って」
頂きたい。という意識を最大の支柱として書き続け自らの芸術の完成を唯一の目的として精進していたのです。
太宰は結婚後、「女生徒」「皮膚と心」「十二月八日」等で生活臭のある作品も書いた。そして文学を成熟させたのですが、「自分には人間の生活というものが,見当つかないのです」を「人間失格」で遺書として残して永遠の旅へ向かったのです。

「太宰はも将棋を愛していた」

中国・上海市でゼロから日本の将棋を広めた許建東さんの教室。事務長の恵下雄二さん、教え子の顧冠鳴さんらが許さんを支える。
 「この中で藤井聡太七段を知ってる人はいる?」 そう質問すると、教室にいた子どもの大半が手を挙げた。知識を披露したいのか、「二十九連勝」「新人王」と口々に関連情報が飛び出す。中には「カーモンベイビーアメリカー~♪」と日本の流行歌を口ずさむ子もいた。(5月25日 紙面から)
太宰と妻美智子は正月に井伏宅を訪れ良く将棋を指していた記録がある。また戦中B29の焼夷爆弾投下の時、真っ先に持ち出したのが将棋盤という。

参考文書

「愛は死と共に」山崎富栄 23年9月石狩書房

「太宰治論」奥野健男

「回想太宰治」野原一夫

「太宰治」福田清人

「小説太宰治」檀一雄

「人間太宰治」山岸外史

「無頼派の祈り」亀井勝一郎ほか多数


「阪神タイガース」
阪神・近本、23打席ぶりHはトンネル脱出弾!4連敗虎に希望の光

2019年6月19日 5時6分 サンケイスポーツ

三回、右翼席に6号ソロを放り込んだ近本。トンネルを脱出した(撮影・門井聡)

 (セ・パ交流戦、阪神3-5楽天、1回戦、楽天1勝、18日、倉敷)桃太郎も驚くほどの弾丸ライナーで暗闇を切り裂いた。トンネルが長かった分だけ、熱い感触が手に残る。D1位・近本光司外野手(大阪ガス)が一時勝ち越しの6号ソロ。敗戦の中、倉敷で息を吹き返した。

 「(ホッとしたのは)気持ちだけなので。チームに貢献できるようにと思っていました」

 1-1で迎えた三回無死。塩見の119キロスライダーを捕まえた。白球が真っ黄色に染まった右翼席へ吸い込まれる。5月26日のDeNA戦(横浜)以来、18試合ぶりの一発。12日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)以来、23打席ぶりのHランプで、ベンチに戻ると白い歯をこぼした。

 16日のオリックス戦(京セラ)まで10試合で打率・067(45打数3安打)。チームも3勝5敗2分けだった。それでも矢野監督からは「1番・中堅」継続を宣言され、初めての壁を乗り越えることを求められた。

 転機になったのは15日だった。チームはロメロに左犠飛を許し、サヨナラ負け。近本も4打数無安打だった。試合後、ストレッチをしていると清水ヘッドコーチに声をかけられた。

 「こういうときは、もう、技術論じゃないぞ」

 苦しいときこそ、強い気持ちを-。近本も「打てないからといって、個人プレーに走ってはだめなので」と冷静に現状を受け入れた。この日の試合前には兵庫・社高時代の後輩である楽天・辰己涼介外野手(立命大)とオープン戦以来の再会。「センター前、打ってきてくださいね」という“ジョーク”に「頑張るわ」と笑顔で返した。

 中前どころか、豪快な弾丸ライナー。強烈なしっぺ返しで完全復調だ。

 「そのときの状況に合わせて、自分のプレーをやっていきたい」

 矢野監督は「本塁打というのはもちろんプラスアルファの近本の魅力ではある」と目尻を下げながらも「何回も出塁するというのが、近本の一番、相手の嫌がるところだと思う」とさらなる働きを求めた。大技も、小技も何でもできる。また、若き職人ぶりを発揮する。 (竹村岳)

近本の本塁打について阪神・浜中打撃コーチ「本人もほっとしていると思う。最高の形で一本が出た。あす以降に、いい形で入っていける」

サンケイスポーツ




将棋の高校生棋士、藤井聡太(そうた)七段(16)が18日、第78期名人戦・C級1組順位戦(朝日新聞社、毎日新聞社主催)の1回戦で、村田顕弘(あきひろ)六段(32)に118手で勝った。一つ上のB級2組への昇級に向け、幸先の良いスタートを切った。

 対局は午前10時から、大阪市福島区の関西将棋会館で始まり、午後10時44分に終局した。藤井七段の順位戦の次の対局は7月2日。堀口一史座(かずしざ)七段(44)と対局する。



ヒューリック杯棋聖戦 “頂上決戦”第2局始まる
初防衛が懸かる豊島将之(とよしま・まさゆき)棋聖(29)=名人・王位=に、初の棋聖獲得を目指す渡辺明二冠(35)=棋王・王将=が挑戦する産経新聞社主催の将棋タイトル戦「第90期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負」の第2局が19日午前9時、名古屋市中区の万松寺(ばんしょうじ)で始まった。持ち時間各4時間の1日指し切り制。立会人は木村一基九段と杉本昌隆八段。

 豊島の先勝を受けての第2局。木村九段の合図で先手の豊島は、一呼吸置いて▲2六歩と飛車先の歩を伸ばすと、渡辺も△8四歩で飛車先を突いて応じた。その後、戦型は角換わりとなり、第2局も激しい戦いとなりそうだ。


渡辺明二冠が豊島将之棋聖を破り1勝目、タイに戻す 第90期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負第2局
更新:2019年06月19日 19:00



豊島将之棋聖に渡辺明二冠が挑戦する第90期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負の第2局が6月19日(水)に愛知県名古屋市「亀岳林 万松寺」で行われ、渡辺二冠が豊島棋聖を106手で破り1勝目をあげ、1勝1敗に戻しました。

渡辺二冠はこのヒューリック杯棋聖戦を制すると、初の棋聖獲得、三冠達成となります。

第3局は6月29日(土)に静岡県沼津市「沼津倶楽部」で行われます。


「阪神タイガース」6・19日
阪神5連敗 延長十回に一挙5失点で交流戦V消滅 守屋が連夜の背信投球



 10回、能見は辰己に勝ち越し打を許す(撮影・山口登)
 

 「交流戦、阪神4-9楽天」(19日、甲子園球場)

 阪神が今季10度目の延長戦で敗れ、2戦連続逆転負けを喫した。チームは引き分けを挟んで今季ワーストを更新する5連敗。5連敗は昨年10月以来となった。延長十回に登板した守屋が連夜の背信投球で、2戦連続の黒星を喫した。これで交流戦の勝ち越しがなくなり、“交流戦V”の可能性が消滅した。

 4-4の延長十回、6番手の守屋は、先頭のブラッシュに四球、続く銀次に左前打、ウィーラーにも四球を与え無死満塁で降板した。ここで7番手の能見がルーキー辰己に中前打を許し決勝点を奪われた。なおも2死満塁から茂木に2点二塁打を浴び、続く島内にも2点適時打を左翼に運ばれこの回に一挙5点を奪われた。



阪神・糸井が今季初4安打&超人キャッチや!チーム沈む中、攻守で鼓舞

何も言うことはありません。今夜の高橋遥人で一矢を報いてほしいだけ

阪神・矢野監督が怒「あの打球でね…」消極的走塁の木浪を交代&公開説教


2019年6月20日 21時38分 デイリースポーツ


8回の攻撃中、ベンチへ下げた木浪(中央)に厳しい口調で話す矢野監督

 「交流戦、阪神2-3楽天」(20日、甲子園球場)

 阪神が3戦連続の逆転負けで、引き分けを挟んで痛恨の6連敗。最大6あった貯金もなくなり、交流戦の負け越しが決まった。また、交流戦での6連敗は開催15年目で初。

 痛恨の判断ミスに、我慢ならなかった。矢野監督が怒りをにじませたのは1点を追う八回。木浪、代打・福留の連打で無死一、三塁。近本が三塁へ高く弾むゴロを放ったが、三走の木浪は本塁を狙わず。勝負を仕掛けるべきタイミングでスタートが切れず、消極的に映る走塁で得点機を逃した。

 その後、指揮官はカウント1-1となったところで江越を三塁の代走に送り、木浪を交代。ベンチに戻ったルーキーに厳しい表情で言葉を投げかけ、“公開説教”する場面もあった。

 結局、1死から糸原は投ゴロ(江越が本塁を狙い挟殺プレーでアウト)。糸井が歩かされて2死満塁となったが、大山が中飛に倒れた。同点、勝ち越しの絶好機で状況にあった走塁ができず、あと1本が出なかった。

 矢野監督は試合後、木浪の走塁について「あの打球でね。もちろんホームに行けるプレーだしね。これは俺らの指導のね。まだ勉強というかね。そういうのもあるし」とコメント。期待の大きいルーキーだけに、「今後どうしていくかという俺らの考えと、あいつ自身もね」と、先を見据えた。


10歳仲邑菫初段の第2戦は67歳田中智恵子四段
6/14(金) 16:19配信 日刊スポーツ

10歳仲邑菫初段の第2戦は67歳田中智恵子四段
ドコモ杯女流棋聖戦予選Bで、仲邑菫初段と対局する田中智恵子四段(日本棋院提供)
日本囲碁史上最年少の10歳0カ月30日でプロ入りした仲邑菫初段(10)が7月8日に大阪市の日本棋院関西総本部で行われる第23期ドコモ杯女流棋聖戦予選Bで、田中智恵子四段と公式戦第2戦を行うことが14日、決まった。日本棋院が発表した。田中四段は1952年(昭27)1月生まれの67歳で、仲邑初段との年齢差は57歳。


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